守山市議会議員

石田せいぞう

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ステキなまちをつくりたい
活動報告  REPORT
2017年3月12日 日曜日 新学習指導要領への対応

 3月8日に一般質問をしました。平成32年度から実施される新学習指導要領では、小学校3・4年生から英語活動が始まり、5・6年生では、英語を教科として学習が進められることになっています。現在より、週1コマ授業時間数が増えることになりますが、その1コマ分の時間をどのようにして生み出すのか、大きな課題となってきます。そこで、教育委員会としては、どのように対応していこうと思っているのかを尋ねました。
授業が始まる前の15分間に英語学習を3回設定することで、週当たりの授業時数を確保する方法などが考えられます。市内の校長会や英語教育部会と連携し、週当たり1時間増える授業時数の確保について検討していきたいとの答弁でした。また、家庭でのふれ合いの時間や、地域行事やスポーツ等の活動に勤しむ時間を大切に考えているので、土曜日や長期休業中に授業日を設定して時間数を確保する方法は考えていないとのことでした。

 

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2017年2月28日 火曜日 市民参加と協働のまちづくりフォーラム

2月26日(日)に「みんなで育む地域の魅力~もっと気軽にまちづくり」をテーマにフォーラムが開催されました。勝部自治会や守山一里塚活性協議会の取り組み発表がありました。歴史的な遺産を受け継いでいくために、活動を続けておられることはすばらしいことだと思いました。玉津学区や速野学区のまるごと活性化の取り組み発表もありました。地域の自然環境や文化遺産などを生かして、地域を活性化する活動に積極的に取り組んでおられます。守山が取り組んでいるまるごと活性化の取り組みは、守山の高い地域力の証であり、まさに守山のブランドであると思います。

 
東近江市地域おこし協力隊員の前川真司さんによる「奥永源寺地域から見る地域創生の可能性」という講演がありました。高齢化率80%を超える地域における、地域活性化の取り組みを紹介されました。無農薬で在来品種の政所茶や絶滅危惧種の紫草などのブランド化に取り組まれました。木地師発祥の地であることを生かして木地師文化の集約・継承・観光資源化に取り組み日本文化遺産登録を目指しておられます。山中八策と題して、地域の特性・資源を生かして地域活性化に邁進しておられます。志に賛同して、奥永源寺地域に住み、活性化に取り組んでいく人が少しずつでもいいので増えて、地域が存続できていくことを願わずにはいられませんでした。10年後の奥永源寺地域を見てみたいです。

 

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2017年2月23日 木曜日 インターネットで交流

2月23日速野小学校の六年生と中洲小学校の六年生がインターネットを通して交流しました。子どもたちは、あと1ヶ月余りで小学校を卒業し、明富中学校で一緒に生活を送ることになります。交流することで、中学校への期待感が膨らむとともに、新しい生活への不安を和らげる効果があると思われます。子どもたちは、最初緊張気味でしたが、だんだん雰囲気が盛り上がっていきました。

お互いの発表交換があったり、卒業式で歌う歌の披露があったりで、お互いの生活の様子がよく伝わってきました。興味深く感じたのは、小学校で一番楽しかった行事でした。中洲小学校の児童は、ほぼ全員が修学旅行であったのに対して、速野小学校の児童は、修学旅行の子もいましたが、運動会をあげていた子が圧倒的に多かったのです。大げさに言えば、クラスの文化の違いが出たのかなと感じました。

速野小学校は、学年5クラスあるので、他のクラスで聞けば、違う答えが返ってきたかもしれません。一人ひとりに感想を聞いた訳ではありませんが、このような交流で楽しい時間をともにして、中学校入学への期待感が大きく高まったのではないかと思いました。素晴らしい取り組みだと思うので、ぜひ他の中学校区でも取り組んで欲しいと思いました。

 

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2017年2月21日 火曜日 伊勢遺跡

  2月19日、市民ホールで「倭国の形成と伊勢遺跡」と題した歴史シンポジュームが開催されました。守山の地は、弥生時代の遺構がたくさん残っており、学術的にも貴重な土地だそうです。伊勢遺跡は、弥生時代後期の遺跡としては、国内最大級で大型建物跡も発見されており、平成24年に国史跡に指定されています。諸説ありますが、邪馬台国との関わりも考えられることから、毎年守山卑弥呼を選出しているところであり、この日も六代目卑弥呼さんが司会進行を務められました。

  和泉市の池上曽根遺跡や桜井市のまきむく遺跡の様子が事例として紹介されていました。池上曽根遺跡は、昭和51年に国史跡に指定され、平成7年に整備が始まりました。大型建物と井戸が復元され、史跡公園として整備されました。現在も整備と発掘調査が続けられています。まきむく遺跡は昭和46年に発掘調査が始まり、平成25年に国史跡指定を受けました。全国的に有名な吉野ヶ里遺跡の8倍に及ぶ広大な範囲に及ぶため、全体をすっぽり整備するのは、無理な状況です。

 

  いずれの例からもわかるように、発掘調査や復元整備には膨大な時間と多額の費用がかかるため、なかなか進みません。伊勢遺跡のことを考えても、今から吉野ヶ里のように、村ごと復原整備するのは不可能です。さらに、周辺は市街化地域であり、どんどん開発が進んでいくことが懸念されます。難しいことではありますが、早急に整備計画をまとめ、整備に取りかかっていくことが望まれます。

 

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2017年2月20日 月曜日 台湾訪問

  2月7日~9日に日台親善協会の親善訪問で台湾に行きました。守山・野洲・草津・栗東の市議会議員など16名で行きました。日本と台湾とは、正式な国交は結ばれていないので、大使館はありません。東亜協会というところの方々と交流会がありました。頂いた名刺には、中華民国外交部と書いてあり、かっこ書きで大使と記されていたので、大使館の大使にあたる方とお出会いしていることになることに気づき、驚きました。国交はないけれど、交流は盛んで、日本のいろいろな県や市町村の方がこの協会に訪問に来ておられるとのことでした。

二日目にダムを見ました。統治時代に日本人が築いたものだそうです。台湾中部の平原は、雨が少なかったり、塩害があったりして、余り作物は育たなかったそうです。こんなに平坦な土地があるのにもったいないということで、灌漑と土地改良のためにダムを造り、何万キロにも及ぶ水路網を築き上げたそうです。そのお陰で不毛の地が一大穀倉地帯になり、今も作物がたわわに実っています。今でもダムの完成した日の記念式典には、ダムを建設した方の遺族関係者が招待されているそうです。日本人は、現地の人が諦めてしまうようなことでも、何とかしてやり遂げようとする。そして、結果を残す。他にも日本の残したものが沢山あるそうです。ということで、台湾の人は、日本人への感謝の気持ちを忘れないのだそうです。統治というと負のイメージがあるのですが、よいイメージが残っていることをうれしく思いました。今でも台湾の方々は親日家が多く、若い人達の中には日本語を勉強する人が結構多いそうです。

 

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